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博物館紀行

朱然と一緒

年初の時偶然、近くの博物館に朱然墓から出土したものが展示されていると聞いて、興奮しすぎて3回見に行った。

朱然のだけじゃなく、曹休や曹操のもあるんだが、その後スマホを変えたからデータは前の携帯に残ったまま^ ^

まあ、とりあえず今持っている写真ちょっとアップしようと思って、いずれ他のもアップしてみよう。

季札挂剣図漆盤

「季札挂剣」と言う物語は結構有名だと思うが、一応紹介しよう。

春秋時代のことなんだが、周王室はまだ存在している時期。当時、呉という国に季札という人がいる。季札は呉から周王室に使いする途中、徐国に寄ったことがある。その時、徐国の君が季札の腰の剣を気に入って、欲しかった。季札は周王室から帰った時に差し上げようと思ったが、用件を済ませてきた時は、徐君はすでにいなくなっていた。季札はものすごく悲しんで、剣を徐君の墓前の木に剣を掛けて立ち去った。

朱然はこんな美しい物語を描いている漆盤を副葬品とした。

「自创业功臣疾病,权意之所钟,吕蒙、凌统最重,然其次矣」

のように、孫権は朱然を二の次に好きだっと言った。例え死んでも私の心は変わらない、とでも言いたいだろうか。

季札挂剣図漆盤

中の丸い部分がその物語である。右上は季札と徐君、下は左から徐君の墓、季札とその侍従。

ちなみに、この盤の底部には「蜀郡造作牢」と書いてある。つまり、これは蜀郡が作って呉に贈ったもの。

ちょっと見えにくいと思って、こちらがパンフレットの季札挂剣図。

パンフレットの季札挂剣図

宮イ宴楽図漆案

宮闈宴楽図漆案。朱然墓から出土した最も大きい漆器。長82センチ、幅56.6センチ。55人の人物が描かれている。

多分と思うが、これが当時呉での宴の様子かもしれない。公の場でキスすることもできるし、妻も連れる。

宮闈宴楽図漆案

実物はよく保存されているとは言え、昔のものだからボロボロのも当然。

こちらが復元図。販売されているグッズだけど。

復元図

木製の刺

三種類あって、全部は14枚あるけど、ここでは3枚でしか展示されていない。長24.8センチ、幅3.4センチ。

それぞれ「故鄣朱然再拝 問起居 字義封」「丹陽朱然再拝 問起居 故鄣字義封」「弟子朱然再拝 問起居 字義封」と書いてある。ちょっと楷書より。

現在と価値観が違うとは言え、とにかくかわいい・・・おはようございますしかも名前付きって…!

木製の刺

銭紋釉陶罐

肩及び上腹部に銭紋がある、下腹部には幾何学模様がある。

銭紋釉陶罐

ガラスが張ってあるからちょっと撮りにくい。

模様

六角形石碑

曹休墓から出土した石碑、穴には紐が通ってある。とにかくこの墓には〇〇があるなどと書いている。

隷書かっこいいよね。

悲しいことに、曹休墓は激しい盗掘にあったから、めっちゃ荒らされていたし、物もあまりない。

六角形石碑

曹操高陵

(写真はまた今度^ ^)

曹操生前は倹約家だから、曹操高陵から出土されたものはすごく質素だし、陶製ばかり。

ちなみに曹操高陵博物館は今年から開放されるようになった。いつか行ってみたい。

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